耳に響くは君の声

 

 

 

闇に向かいて闇を切り、
光に向かいて光を切る。
…電光石火!ゴウライジャー!!

 

 

 夏の終わりとはいえ、日差しはいまだ強く、都会の真中だというのに、耳にうるさいほどの蝉の声を聞きながら、遠く戦国の世より連綿と続く由緒正しい忍術を継ぐ青年達は、今日も元気に労働にいそしんでいた。修行も兼ねた工事現場での肉体労働により、元々浅黒い肌はよりいっそう精悍に、焼け付く日差しにさらされていた。

「一鍬、休憩の時間だぞ」

 何事かを振り切るかのように一心不乱に、眉間にタテジワを浮かべて荷運びに夢中になっている弟に、兄が声をかけた。

「…わかった、兄者、これを運び終えたらすぐに行く」

 兄は一甲。髪を短く切りそろえ、眼光鋭く、すっと引いた眉がりりしい。

 弟は一鍬。肩に届くほどに伸ばされた髪はやわらかそうな赤毛、一見優男に見えない事も無いが、口を開けば兄以上に容赦ない舌鋒を見せる…が、最近は、心ここにあらずといった体で、いまひとつ精彩を欠いているようだった。

 弟の浮き足立つ心に、気づいてはいたが、兄は別段とがめるでなく、かといって追求する事もなく、なすがままにまかせている。…かつて、弟と共に、対立する流派ともめていた頃であれば、そうした甘えは許さなかったであろう、だが、今はその流派との関係も和解へ向かい、共に戦う同士として、少しずつではあるが結束ができつつある事。そして、弟の気が乱れるのもまたそのせいである事を、とりあえずは好意的に捕らえていた。

 その工事現場は、兄弟のような若者は少なく、むしろ技師である年配者の方が多かった。昼食時、BGM代わりにかかるラジオのチューニングは当然ながら演歌中心で…。

 先に戻った兄は、弟の分も(手作りの)弁当を広げて、先に手をつけはじめた。ややあって、戻って来た弟に、弁当を渡そうと、した、その時。

『恋する18歳、野乃七、心をこめて歌いますっ!』

 ボリュームが上がり、兄弟のよく聞き知った娘の声が工事現場の休憩所代わりのプレハブ小屋に響いた。

 とたんに、弟の顔が真っ赤になり、取り落としそうになった弁当を、兄がすばやく拾い上げた。

 弟は口を抑えて、そのまましばし呆然としている。

「何でぇ、そっちの兄ちゃんは七ちゃんのファンかい?」

 技師の一人に言われて、弟の顔がさらに赤くなった。

「いっ、…いやっ、別にっ…そんな事はっっ!!」

 どう考えても動揺しているようにしか見えない弟にかける言葉を探す事もせずに、兄は黙々と食事にいそしんでいた。

『兄者は…恋をした事があるか?』

 恋煩い忍者・チューピットの矢のせいで、かりそめの恋に落ちた弟の言葉に噴出した時を思い出しながら。

 結局、あれは術にかかっていたせい…と、口では言い張る弟の、様子はどうも相変わらずで、術にかかっていてあからさまだった以前に比べて、無理矢理気持ちを押し殺そうとする今は、むしろ哀れに見える。

 実は大変わかりやすいのだが、兄にそれを気取られるのを、おそらく弟は嫌がるだろうと思えば、口をはさむわけにもいかず、無口が売りの兄は口をつぐみ、傍観に徹することにしたのだったが…。

 先ほどから、おもしろいほどに、七海の歌う「忍び恋」の歌詞に一喜一憂する弟に、つっこみを入れるべきか否か、躊躇しているうちに、技師の一人がつっこんだ。

「いやーこの子の歌はいいよなあ、何かこう、初々しいっていうのか、けなげっていうのか…」

「やっぱり!?そう思いますか?!」

 いつのまにか、野乃七即席ファンクラブを結成しそうな勢いで、話がはずんでゆく。

「…!サ!サイン会!?っ…が、あるんですか?」

 どうも話が不穏な方向に向いている。哀れな弟は、どうやら顔見知り(というか共に戦う仲間の一人)に、自分と悟られずにサイン会に紛れ込む方法を真剣に悩み始めたようだった。

 闇に生まれ、闇に生きる、忍びの者。それは、あのくのいちも同様である筈なのに、どうも彼女には闇が似つかわしくない。というよりも、あのくのいちを含めた、疾風流の三忍は、そもそも忍者らしくない。光をまとった脳天気なアイツらに、感化されすぎてしまったのか。

 闇は無意識に光を欲し、そして光は…果たして闇を受け入れてくれるのだろうか。

 兄である自分よりも、いつか大事になるであろう女の元へ傾きつつある弟を、すこしだけ淋しく眺めながら、弟思いの兄は、それでもひっそりこっそり見守り続ける事を、心に誓っていたのであった。

(了)

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