キミの白

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球から離れること230光年、アンドロメダ星雲レッスル星。超人格闘術大学校…通称ヘラクレスファクトリーでは、若き超人達が、明日の正義超人となるべく、修練を重ねていた。

 娯楽施設は何もない。あるものは肉体を鍛えるための器具と、特訓ステージ。…そしてスパーリング用のリングのみ。

 …、なんだけどね。

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「…いや、ベットにカーテンは必要だ、絶対に」

 訓練を終えたミーティングの室での事、一人の生徒が意見を上げた。ファクトリーは完全寄宿舎で、4人の相部屋。部屋の両壁にそって二段ベットが二つ、左右それぞれに配置され、おのおのベットにはカーテンが取り付けられていた。意見を上げた生徒は、カーテンが古くなったため換えて欲しい、という要望で、それに対して、カーテンは不要なのでは、という言葉に対して、出た言葉がそれだった。

 場が、ざわつく。

「眠るだけだったら、別にカーテンで仕切る必要はないだろう、他にもっと重要な事があるんじゃないのか?」

 対して、カーテン不要を申し立てているのは、ヘラクレスファクトリー二期生の中でも実力ナンバーワンとの呼び声高い、認識番号007番、ジェイドだった。戦闘訓練中は必ず装着しているグリーンのメットを外し、くつろいだ様子ではあるが、視線はなかなかキビしいものがあった。

「ファクトリーの維持費は、もっと有意義なことに利用するべきだ、だいたい元から必要ないぜ、カーテンなんて」

 さらに、ミーティングルームがざわついた。

「…っていってもなあ」

「…したことないんじゃねーの、ジェイドの奴」

 ひそひそと、声が聞こえてくるのが不快で、思わずジェイドが立ち上がると、教員の一人、伝説超人のスペシャルマンがつかつかとやってきて、ジェイドの肩をぽん、と叩いた。

「…ジェイド、私が認めよう。やはり必要なんだ。…男には」

 寛大な処置に、場はわきあがり、ジェイド一人が、納得のいかぬ様子ではあったが、教師の言う事には原則さからわない優等生は、不服そうに、席に戻った。

 元の席に戻ると、同期生の一人。スカーフェイスが背後の席からこっそりと耳打ちした。

「お前さ…したことないのかよ」

「…は?なんだそれは」

 頓狂な声と顔に、スカーフェイスは面食らい、そして噴出した。ニヤニヤ笑いながら続けた。

「いや、知らないんじゃしょうがねえな」

「気になる言い方だな、何だよ、教えろよ」

 ムキになって聞き返すジェイドはどうも本当にわかっていないらしい。…こいつ、天然だ、と思いながら、

「今度先生に聞いてみな」

 と、笑いながら言った。

 ジェイドは、スカーフェイスの言葉に軽い憤りを感じながら、その聞きなれない単語を忘れないよう反芻した。

 が、しかし、その言葉の意味を聞く事を、しばらくジェイドは忘れていた。

********

 先に卒業し、地球に駐屯している超人の中でも、特に日本地区に不心得者がいる事を憂慮した超人委員会委員長は、二期生の中でも優秀な何名かを交代要員として、地球に向かわせる事に決めた。選ばれた二期生の中には、件のジェイドとスカーフェイスも含まれていた。

 地球には、ジェイドが幼い頃より師事してきた師匠(レーラァ)、レジェンド超人のブロッケンJrがいる。卒業後、正義超人の一人として駐屯が許されるのは、名誉であり、その為に、先輩である一期生と対決するのは実戦経験を欲しているジェイドとしても願ってもない事だった。

 入れ替え戦の為、地球に戻って来たジェイドは、すぐに事の次第を伝えるために、レーラァ、ブロッケンJrへ報告に向かった。

 久々の師弟再会である。ジェイドは子犬のように(…といっても、そこは超人なので体はしっかりと筋肉質のがっちりとした体つきに育ってしまっているが)レーラァにまとわりつき、ファクトリーであった色々を報告した。

 訓練の話、幼い頃よりブロッケンJrの指導を受けていたため、抜きん出て格闘術にたけていた話、ブロッケンJrにとっては懐かしい、かつての友であり、強敵でもある伝説超人達の近況など、話は若干前後し、とりとめがなかったが、うれしそうに語る弟子(シューラァ)をながめる事は、ブロッケンにとって楽しくもあった。

 一人で指導していただけでは身につかなかったであろう色々を、ファクトリーであますところなく吸収できたのは、今後のジェイドの助け手になるだろう、と、ブロッケンは思った…が。

「あ、そうだ、レーラァ、ひとつ聞きたい事があったんです。ファクトリーの先生には結局聞きぞびれちゃったんですけど…」

「ほう?何だ、俺にわかる事ならいいんだがな…」

 そう言って、ブロッケンは、紅茶を一口すすろうと、ティーカップを持ち上げ、軽く口に含んだ。

「オナニーって何ですか?」

 

ぶはーーーーーーーーーっ。

 

 ベルリンの赤い雨ならぬ、紅茶の雨がジェイドに降り注いだ。

「レ…レーラァ!?、スイマセン、もしかして、聞いちゃいけない事だったんじゃ…」

 紅茶で濡れた自分の顔を拭きつつ、ジェイドはうろたえた。

「いや…いいんだ」

 幼い頃から修行の日々で、「そういうこと」を特別指導しなかったのがアダになった。意図して純粋培養しようとしたわけではなかったが、結果的に「そういう」情報を遮断するような環境になってしまったのだ。普通にしていれば、ロクでもない系統から入ってくる情報で我気づかず、「そういうこと」を無意識に把握もできただろうに…。

「…じゃあ、俺、スカーにでも聞いてきます」

「待てーーーーーっ、それはもっとダメだ!!」

 無垢すぎる弟子に、何からどうやって教えたらいいのか。困惑したブロッケンの苦悩は始まったばかりだったり…。

(了)

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