猫の仇討ち

 

 

 

 

 

 それは不思議な町にある。時間と場所がすこおしだけずれている場所、心をもったものたちの世界。

 夕日が窓に反射して、広場を照らし出す。中央の柱の上の大理石のガーゴイルは動き出し、ショーウインドウの猫人形がお茶を入れる。太った猫が、新聞を広げて、茶が入れ終わるのを待っていた。

「ぺっぺっぺっ!!今日はハズレだ!」

 太った猫が、口に含んだ茶を吹いた。こぼれた紅茶をぬぐいながら、口直しにとシフォンケーキをほおばる。こちらはふんわりとして、ホイップクリームに良く合った。燕尾服の猫人形も、同様ティーカップから口を離して眉をしかめた。

「どうやら、今日のブレンドは失敗のようだな、…まあ、ムタと私だけだし、このままでもいいか?」

「よくねぇよっ!!」

 音をたてて乱暴にティーカップを置くと、無言で入れなおしを要求するように、太った猫…ムタは燕尾服の猫人形をにらんだ。

「…わかったよ」

 不承不承立ち上がって、数種類の茶葉の入った缶を取り出して、新しいポットに少しずつ入れ始めた。猫人形…通称バロン、正しくは、フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵特製のブレンドは、このこころもちのさじ加減が重要だった。

 湯をわかそうと、ヤカンを火にかけようとした時。

 戸口でばさばさと羽音がする、ガーゴイルのトトだった。

「バロン、客のようだ」

「…客?」

 トトに続いて入ってきたのは、すらりとした黒猫で、腰にはレイピアを帯びている。騎士然とした立ち居振舞いの、上品な客だった。

「…猫の事務所は、こちらか?」

 立ち姿は、バロンよりやや低い。

「いかにも…君は?」

「猫を探している…、名は…」

 黒猫とバロンのやりとりを他人事に、ムタは二切れ目のシフォンケーキを食べるためにあんぐりと口をあけていた。…が。

「ルナルド・ムーン」

 言うが早いか、黒猫は、ひらりと身をかわし、ムタに向かって踊りかかった。レイピアがムタにつきかかろうとした刹那、シフォンケーキが飛び、ムタは、間一髪、ケーキフォークで黒猫のレイピアを受け止めた。

「…さすがにやるな、ルナルド・ムーン!」

「何だいきなり!」

「猫の国、近衛隊隊長、ミカエル・ノワールっ!例の一件で責任をとってやめさせられた、前近衛隊長、ルシフェル・ノワールが一子!父の仇!ルナルド!覚悟ぉ!」

 そう、名乗りをあげると、黒猫、ミカエルが渾身の突きを、ムタの喉めがけて踏み込んだ。

「待てっ!」

 パリーンン…、と、大皿の割れる音がして、床に散らばる。割って入ったのは、バロン。無残にも、残ったシフォンケーキは床に落ちてしまった。壁に追い詰められたムタの横に、失速したレイピアの切っ先が突き刺さった。

「どういう事か、説明してくれ、このようなやり方は、仇討ちの流儀に反するのではないのか?」

 身に振りかかった皿のカケラを払いながら、バロンはムタをかばうように、ミカエルの前に立った。

「あなたも知っているでしょう?猫の国、悪夢の3日間をっ!…そこにいる、そのいじましい猫が、湖の魚を食べ尽くした一件をっ!当時の警備隊長はわが父!父は…こいつをとめられなかった咎で…」

 ミカエルは言いよどみ、目を伏せた。

「…咎で?」

 バロンとムタが声を揃えた。

「……、引退し、今は陽気な農園主に…。ああ、おいたわしや、父上…」

 陶酔の涙を浮かべて、ミカエルは芝居がかったポーズをつけた。

 バロンとムタは、揃って沈黙し、あきれかえるように自分の世界に入ってしまっているミカエルを眺めた。

「えーっと、つまり、こいつの親父さんは死んではいないんだな」

「…どうやらそのようだ」

「…」
「…」

「じゃあ、何なんだ!仇ってのは!」

 噛み付くようにムタが叫ぶと、ミカエルが答えた。

「我が父と一族の名誉に傷をつけたむくいだっ!」

 ぴくり、と、ムタのこめかみにシワが浮かぶ。

「知るかーーーー!!!」

 ムタの一撃がミカエルを吹きとばし、哀れ黒猫は、地球屋の扉ごと外へ吹き飛ばされてしまったのだった。

「…ったく、とんだ逆恨みじゃねえか」

 ぽんぽん、と肉球をすりあわせて埃を払うムタに、トトが声をかけた。

「日ごろの行いが悪いからだろう」

「…んだァ?おい、カラス、てめェ、第二ラウンドはてめェが相手か?」

 睨み合うムタとトトに、ミカエルの怒声がかぶさる。

「ルナルドっ!一時引くが、必ず貴様を倒す!覚えていろっ!!」

 ひらり、と身を翻して、黒猫は去っていった。

「…ったく、カンベンしてくれよなぁ」

 溜息をつくムタに、トトとバロンが追い討ちをかけた。

「お前のせいだろうが!!」

 困った刺客に追いまわされる、ルナルド・ムーンことムタの明日はどっちだ!?

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