Vergo、はにかむ。

 

 

 

 

 

 だいたい、あいつはいつもとりすましてうろたえることがないんだ。

 己の言った事に多少の矛盾があったとしても、追求を許さないような強さももっている。…単に厚顔なのかもしれないが。

 確かに強い。技にしろ。何にしろ。最も強いのは語気かもしれない。

 それは春の宵の事、なまぬるい空気にうかれ、天蠍宮では、ささやかな酒宴がひらかれていた。どこから持ってきたのか、石畳の上には何故か畳が敷かれ、黄金聖闘士の面々が車座になっている。一升瓶が数本空になって転がり、中心にはホットプレートが置かれていたが、すでにその上に食べ物らしいものは無く、焦げて張り付いた人参と、もやしがほんの少しこびりついているだけだった。アルデバランは既に横になっていびきをかいているし、先ほどから目の据わったムウが虚空にむかって何やら愚痴っている。

「いえ、ですから最近めっきりスターダストサンドが手に入らなくて…、私としても、ある程度の破損は聖衣本来の治癒力にまかせるべきだと思うんですよ、でないと、聖衣そのものの耐性も落ちるのではと…」

 横で聞いていたアイオリアは、さっきまでまともに話を聞き、相槌をうっていたのだが、内容がループしているのにへきえきして席を移ったばかりなのだった。

「おや、アルデバランはつぶれちまったか」

 ライトイエローのエプロン(!)をした天蠍宮の主が、トレイに簡単な酒の肴を作って持ってきて、既に完全酔っ払いモードに入っているアルデバランとムウを尻目に、アイオリアの前にトレイを置いた。

「私はまだ酔ってません!」

 突然さきほどまで虚空に向かって愚痴を言っていたムウが割って入る。

「あー、わかった、そうだな、聖衣が虚弱じゃまずいもんな」

 なだめるようにして、アイオリアがムウの腕をとって、回れ右をさせると、ムウはわかればいいんです、と、納得したような顔をして、そのままアイオリアの背中によりかかって寝息をたて始めた。

 アイオリアは苦笑し、ムウをそのまま背中でささえたまま、ミロの差し出した瓶から注がれる酒を杯でもって受けた。

「皆疲れているんだろう、長雨がやんだとはいえ、まだ予断は許さない状況だ、聖域を動けぬとはいえ、やることはまだまだ多いからな」

 軽く乾杯をして、アイオリアは注がれた分を干した。ちなみに、彼は酒に関しては底が無い。本来であれば酔うこともあまりない。…本来であれば。

「結局、またしても星矢達にいらぬ危険を負わせた形になってしまったが…」

 ミロは、酒を飲むよりも、料理をしている時間の方が長かったためか、それほど酒量を重ねておらず、まったく酔っていない。酒が嫌いなのではなくて、より料理をする方が好きなので、これは致し方無い。

「何、奴らとて、アテナの聖闘士。そう案じることはあるまい」

 ミロはようやく腰を落ち着けて杯を干した。

「だが、ミロよ、俺達が奴らくらいの頃は、修行中の身、あれほどに、実戦の危機にさらされる事もなかったはず、やはりあいつらにかかっている負担は、俺達が思う以上に大きいのではないのか?」

 まして、かつては、十二宮で対戦した相手。特にアイオリアは、わずかな油断から幻朧魔皇拳にかかり、カシオスを死なせ、星矢達と相対した事を悔いており、時々思い出しては浮かぶやるせなさに眉をひそめているのだ。

「やれやれ、ずいぶんと甘いことを」

 後方から声がし、振り向くと、そこには遅れてやってきたシャカが立っていた。相変わらず両眼は閉じられているが、足元はいささかもふらつくことなく、まるで見えているように近づいて来る。

「遅かったな、シャカ、ムウとアルデバランは既にこの様だぞ」

 ミロが少し動いて座を譲ると、シャカは軽い身のこなしでアイオリアの横に座る。持参した杯に手酌で目の前にあった瓶からおもむろに注ぐと、乾杯も無しに一息で飲み干した。

 苦手な奴が…、と、アオイリアは思った。宴の席にシャカが来ない事に安心していたアイオリアだった。まさかこの時間になってやって来るとは思わず、動揺を浮かべる。元々、誘いに来たのはミロで、ミロが全員に声をかけないはずもなかったというのに。

「青銅だろうと黄金だろうと聖闘士は聖闘士。その使命は女神を守り、この地上に平和をもたらすこと。アイオリア、お前の危惧は、星矢達を一人前の聖闘士として認めていない、…ともとれるが?」

「誰もそんな事は言っていない、星矢達にばかり負担を負わせているのでは、と、思っただけだ」

 思えば、教皇の間で千日戦争になりかかった相手もまたこいつ…シャカだった。幻朧魔皇拳によりサガの術中にはまったのもまたその為だ。

「それは立場と役割の違いであろう、聖域を守るが我々の役目、己が守護する宮を放棄する気か?…もっとも、獅子宮が仮に無人だったとしても、私の処女宮で食い止めればよいわけだから、好きにしてもらっても一向にかまわないが」

「どういう意味だ」

 アイオリアが杯を置いて立ち上がると、支えられていたムウが畳に倒れこむ。既に三杯目を干したシャカもまた立ち上がった。

「言葉通りの」

 対峙する二人の様はかつての教皇の間の再現のようでもあった…が。

「やめろ!二人とも」

 ミロが割って入って二人を止めた。

「…すまん、ミロ、少し酔ったようだ」

 アオイリアは踵を返し、畳に置いた空の杯を持って天蠍宮を後にした。

「おっ…、おい!アオリア!」

 去って行くアイオリアをミロは一瞬止めようとしたが、そのまま追いかける事はせず、シャカの方に向き直った。

「…、すまんな、ミロ」

 ほんの少しだけはにかんだ笑みを見せて、シャカは腰をおろし、ミロもまた、シャカの横に座る。シャカの杯にミロが酒を注ぐと、再びシャカはそれを一息で飲み干し、ため息をついて言う。

「別にお前のせいではなかろう?アイオリアが幻朧魔皇拳にかかったのは」

「だが、アオイリアはそう思っているだろう、言葉にはしないが」

「そうは言っても、過去は変わらない…」

 やれやれ、と、うなだれるシャカを見て、ミロは朝まで付き合う覚悟を決めた。まったくどちらもなかなか素直にはなれないようだ。

 先ほどアイオリアが立ち上がった拍子に畳に放り出されたムウと、眠ったままのアルデバランの寝息を肴に、ささやかな懺悔の宴が始まったのだった。

(了)

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