何度も声をかける、……聞いていない。

それは贅沢な悩みである事も自覚しいてる……。

多分。

彼女の彼はとても無口な男であったので、彼女はいつも一方的にしゃべる事になる。
どうにも、付き合っていると思っているのは自分だけなのではないかという不安が、そうした彼女の行動に拍車をかけているようだった。


彼の眼差し


 

「うううう、やっぱり何も変わってないのかなあ」

と半べそで友人にくずると、

「それは片思いのままっつー事?」

彼女の友人は淡々とほとんど氷だけになってしまったグラスをストローでかき混ぜ、底の方に残った解けたアイスコーヒーをすすった。

カラリ、と氷の砕ける音。

彼女は随分と長いこと彼に片思いをしていて、彼女の方は野心満々に、彼の方は彼女自身を嫌ってはいなかったが、彼女の持って生まれた性格はどちらかというと理想の友人に近かったせいでか、方や野望を秘め、方やたいそう淡白な長い友人関係を経てからの間柄であった。

道路に面したオープンカフェは、排気ガスでほこりっぽい。ため息をつこうと息を吸い込み、彼女はむせて咳き込んだ。

********

「でもする事はしてるだろ?」

画面をパソコンのディスプレイから移さずに、彼女の彼は操作をやめない。
頭の中で彼を所有格としてひとりごちるくらいしか、彼女にはできない。

一人で布団でうだうだしていると、いつしか彼はOSを終了させ、彼女の横に滑り込む。
寝そべっている彼女と布団の隙間に彼の手が入り込み、さわさわと何となくいつも始まり。
ごく普通に行為は終わる。

そうした行動に、『体だけの関係』とか『都合のいい女』というフレーズが浮かぶのは無理からぬ事。
行楽シーズンといえばひたすら四季の花々をカメラ片手に一人で追いかける彼に、たまには私の写真も撮ってよ、などと言っても鼻で笑われるのがオチだった。

彼は職業的カメラマンでは無かったが、長いこと写真が趣味で暇さえあればカメラか、写真整理に導入したパソコンを操っている。写真に関しては饒舌になるのだが、最近は彼女の方がそちらの話題のネタ切れでコミニケーションの役には立ってくれない。

昨晩のやりとりを思い出し、『行為』の部分まで思い出して赤面しながら彼女は友人へ相談を続けた。

「ああ、そういえばもう見た?こないだ彼の写真雑誌に出てたよ」

アマチュアの投稿コーナーの常連である彼の掲載は別段珍しい事ではなかったので、ふるふると首を振ると、友人は彼女の前で雑誌をひろげた。

「こんなモン見ちゃうと、ご馳走様としか言えないんだけどね」

苦笑する友人をナナメに、雑誌へ視線を落とすと、そこには、眠っている彼女自身の姿があった。
コトのあと、無防備に眠る姿。
それはいぎたない寝姿ではなく、リラックスしている様子が被写体である当人にも見て取れる。
おせじにも美人とはいいがたい彼女ではあったが、その様は無邪気な赤子さえ思わせる。
やわらかな日差しの中でまどろむその姿は、確かに彼の視線のとらえた彼女そのものだった。

彼女が答えず、無言で写真に見入っていると友人が言った。

「んじゃ、ここの払いはアンタもちってコトでよろしくね」

ピッと出された伝票を、彼女はテレながら受け取り、再び彼の眼差しを確かめるためにカフェを後にした。

(了)

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