…そこに『生きている人間』は一人としていなかった。
かりそめの神の手によってつくられたバイオロイド。
(機械と有機の合成体)
かりそめの神の手によって作られたアンドロイド。
(鋼でできた機械人形)
生きて存在することのない、過去の亡霊。
(彼は死んだはずだった)
21世紀、トーキョーシティ。アンダーグラウンドで糸を引く、犯罪組織。
『イド』
「…トロイダルサマ、ソロソロオキナクテハ?」
『犯罪組織』の名にちっともふさわしくない、夏の終わりの庭園の木陰で、機械の女神の膝を枕に、機械と有機の合成体、バイオロイドの中間管理職は寝返りをうつ。
「あと5分…」
夏の終わりとはいえ、日差しは厳しい。濃紺のマントは敷物と化し、漆黒の衣の胸をはだけて、トロイダルという名のバイオロイドはうつつの夢に酔っていた。
一定した呼吸と、安定した心拍数。トロイダル様は、「リラックスしている」…と、機械の女神…クローラの人工知能は判断した。
トロイダルの言葉に、クローラは体内時計のアラームをかける、きっちりと5分プラス3分が、トロイダルの睡眠時の「5分」だと、経験則から掴んだ数値がセットされる。今、クローラは、全霊をかけてトロイダルのやすらかな眠りを守ろうとしていた。
不躾に、トロイダルの腕につけられた通信機が音をたてた。持ち主の意を介さず、がなる声はトロイダルの元同僚にて今は上司の仮面の男。温泉好きの(…と、クローラの電子頭脳にインプットしたのはトロイダル)ギルリアの声だった。
「トロイダル!いつまで休憩している気だ!13:30より会議だと言っておいたはずだぞ!早く…」
言い終えぬ間に、クローラの瞳が光った、レーザーが、紙一重で持ち主を傷つけぬように通信機を焼いた。
「トロイダルサマノネムリヲサマタゲルモノハ…コノワタシガユルサナイ…」
アラームが鳴るまで、あと1分24秒…。それまでは。
クローラは、トロイダルの眠りを守る。
一方的に通信を遮断されたギルリアは、こめかみにアオスジを浮かべながら、経理にトロイダルの減俸を伝える。
トロイダルは、クローラに守られながら、ゆっくりと覚醒する。
10、9、8、7、6…。
風そよぐ、財前邸奥庭。短い夏の終わりの、束の間の絵空事の安息…。
(了)