まつひと

 祖父は、酒が好きで、飲むとひどくハメをはずす人だった。私がまだ小さかった頃、花束贈呈の役を振られた親戚の結婚式の披露宴。祖父と、叔父と共に出かけた温泉街の大きなホテルで、予定には入っていなかったという酔っ払った祖父の歌を、たいそう恥ずかしく思いながら聞いたのを覚えている。だから、几帳面で、厳格な祖母と、祖父がどうしてまた所帯を持ったのか、疑問だったのだが、後に、祖父と祖母がいとこ同士の許婚だったと聞いて、時代背景からいっても、やむを得ず、祖母は嫁いできたのではないのかと、二人にとっては甚だ失礼な納得の仕方をしていたものだった。

 祖父が亡くなってから、祖母は急速に老いていった。

 娘の頃、腰を打ったせいで、足の不自由な祖母だったが、だからといってなまけるような事はせず、朝夕の仏壇の清掃、部屋の掃除、ボケ防止にと、NHKの今日の健康と、今日の料理を謹聴しながらメモをとるの事を欠かさない祖母だった。(そのノートは百猶予に及ぶ)その彼女が、連れ合いを失って、急に寝付いてしまったのだ。

 遠かった耳はさらに遠く、記憶もあいまいになり、ついには黄疸で入院した。見舞いに来た3番目の叔父に、「どちらさまですか」と尋ねる。叔父は、笑いながら「息子だよ、ム・ネ・オ…かあちゃん、ムネオだってば」と声をかけていたが、病室を出ると、喉をつまらせたようにうなって、喫煙所に行ったまま、しばらく戻って来なかった。

 私と、以前同居していた従兄弟をまちがえるのは日常茶飯事だったのだが…。

 その晩、自宅介護にかわって1年が過ぎた頃だっただろうか。夏の気温上昇と共に、熱を出すようになった祖母を、父と母はかわるがわる交代で看病し、浪人生だった私は、これといって何かできるわけではなかったのだが、予備校にも行かない、比較的自由に時間を使える身であったので、なるたけ夜遅くまで、祖母の横で勉強するよう心がけていた。(実際は、なまけて本を読んだりする事の方が多かったのだが)

 うっかり、夏をいいことに、そのままタオルケット一枚で眠って起きた朝の事、めずらしく熱の引いた祖母が嬉しそうに言った。

「おじいちゃんが昨日そこに座ってたんだよ」

 そう言って、祖母の指差した場所は、私が化学の問題集をひろげたまま居眠りをしていた場所で、どうも祖母は落ちた視力で私のシルエットと祖父のシルエットを取り違えているようだった。

 高校卒業まで、この家で過ごした従兄弟と間違えられるならまだしも、祖父と間違えられるとは…。私は鼻白んで、

「おばあちゃん、それ、私、昨日そこで勉強してたから」

 と、大きな声を祖母の耳元で張り上げたが、祖母は、聞く様子もなく、にこにこと私の方を見て笑っているだけだった。

「いくらなんでもおじいちゃんと間違えるのはあんまりだと思わない?」

 部活を終えて帰ってきた妹にぼやくと、妹が少し奇妙な事を言った。

「本当におじいちゃんいたのかもよ」

「…」

 私はしばし絶句し、

「まさかあ」

 と、続けた。

「でもさあ、去年赤坂の叔父さんが死んだとき、おばあちゃん誰にも聞いてないのにそれ、知ってたんだよ、布団の足元に立ってね、『さよなら』って言ってたって」

 制服を脱ぎ、ジャージに着替えながら、妹が言う。

 人は、死期が近づくと、「見え易くなる」というが…。そうしたオカルティックな出来事は、せいぜい本の中か、TVの世界の出来事と決め付けていた私は、妹の話を頭から否定しながら、持ち前の好奇心で、…でも、もしそうだったらおもしろいかもしれないな、と思っていた。

 英語教員をしていた父方の一番上の叔父が、念願かなってアメリカに1年ほど滞在するという、出発の前日、叔父が最後の挨拶に来た。祖母は眠ったまま、起きることが無く、叔父は祖母の顔だけ見て、名残惜しそうに旅立って行ったのだが…。

 翌日、やはり祖母は終始眠そうにしていて、朝食もほとんど手をつけず、うとうとしていた。今思うと、夢うつつの祖母はかすかに手を振っていたようにも思えた。

 予備校に行っても、漫然と授業を受けるだけで勉強した気になった錯覚に陥りそうだった私は、マイペースで通信教育を受けていた。その日も、センター対策のマークシートを塗り終え、締め切りギリギリに投函しようと部屋を出た。祖母の眠っている居間は襖が閉まっていて、普段であれば、特に気にもとめず、そのまま外出してしまっただろう。

 ふと、足を止め、襖を開く。

 何故だか、違和感を感じた。眠っているはずの祖母の気配がまったくないのだ。祖母の横に腰を下ろし、見た祖母は、眠っているようにしか見えない。…だが、口元に手をかざしても、祖母の息吹はまったくなかった。やすらかに、眠っている。朝食以降、居間には誰も入らなかった。祖母は逝ってしまったのだ。迎えに来たのは祖父だったのか。…そして、祖母は待ったのだ、息子が旅立つその日まで。夢の中で、息子を送り、そして、祖母自身も旅に出たのだ。不思議と、その時涙は出なかった。やる事はたくさんある。親戚に連絡、医者も呼びに行かなくてはならない。私はあわてて階段を降り、厨房で、昼食時の混雑に対応しているはずの、父と、母に、祖母の呼吸が止まっている事実を、告げた。

(了)

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