前途揚々テニス少年

 

 春。それは出会いの季節。

 春。それは始まりの季節。

 春。それは…。

 

 

 

「やれやれ、天下の青学テニス部レギュラーもこの程度か」

 夕暮れのテニスコート。足元にひれ伏す上級生をはすに見て、ひときわ長身の男が溜息をついた。ひれ伏すテニスウエアの少年達は息を切らし、泥にまみれているというのに、中央にいる男はふんぞり返って汗ひとつかいていない。

「まあ、このオレが入部したからには…、地区大会だけでなく、全国大会もいただきだぜっ!!はーっはっはっはっ」

 夕焼けを背にして、男が声をあげて笑う。

「この、テニス歴2年!堀尾様が入部したからには…っ!青春学園、全国制覇だーっ。だーっ。だーっ…」(エコー)

 甘美な夢は、無慈悲な目覚ましの音によってさえぎられた。

 ゆっくりと電子音の規則的な音から覚醒の海をたゆたって、堀尾聡史は覚醒し、むっくりと起き上がる。長身ではない、むしろ小柄と言っていい体躯は、まだ中学一年生、しかも、ついこの間まで小学生だったわけだからそれもまた、無理からぬ事で…。父親譲りのカモメ眉毛もりりしく、鏡に映った自分の姿を漫然と眺めて見た。

「なーーーーんだ、夢かあ」

 ほぅ、と息をつく。

 それでも、まったく夢というわけではないのかもしれない。小学校時代から、今年で2年になるテニススクール通いだって、絶対無駄ではないはずなのだから。ベッドから跳ね起きて、身支度を整えた。

 今日から中学一年生。念願の青春学園の制服は、大きめに作ったせいか少し大きくて、おろしたての生地はごわごわしていて少し動きにくかったけれども。

 少年は、意気揚々、愛用のラケットを携えて家を出た。

 家から続く、このまっすぐの道のように、未来は希望で溢れている。

 そう、きっと…。

「もしかしたら、一年生レギュラー…なんてね」

 声には出さずに、にんまりと笑って、一歩踏み出す。自分の未来は、希望にあふれていると、思わずにはいられない。

春。それは…。

(了)

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