熱砂に囲まれた、砂の王国アラバスタ。その王都アルバーナは、円形状の台地の上に作られた巨大な町で、壮麗な宮殿を中心として、4つの門により外界から隔たれている。町は賑わい、第十二代国王の御代の繁栄は、アルバーナだけでなく、国中に及んでいた。
王国護衛隊に入隊したばかりの少年は、入隊式を終え、いまだ緊張さめず、といた態で、王宮の中庭をおぼつかない足取りで歩いていた。
代々軍人を輩出してきた家系のあととりでもある少年は、一族の期待を一身に背負い、入隊式に臨んでいた。緊張が解けてほっと一息、と王宮内の探索にいそしんでいる、といったところ。
ひときわ草花の美しい区画に足を踏み入れ、人の気配に気がついた。
「そこにいるのは…誰?」
「ハイッ!本日より、護衛隊に入隊した者です!」
直立不動でガチガチに緊張して、その少年は答えた。
問い掛けたのは、美しい女性で、腕には赤子を抱いていた。
「あら、そんなに緊張しなくてもいいのよ…、別に立ち入り禁止の場所、ってわけでもないし…」
気さくに語りかけてくる。いったいこの人は誰だろう、と、少年は思ったが、言葉は声にならなかった。
「…あなた、名前は?」
「ペル…と申します」
とたんに、女性の腕の中の赤子がぐずりはじめた。その少年、ペルは困ってしまって、申し訳なさそうに女性の顔を覗き込む。
女性は微笑んで、ペルを手招きした。腕の中の赤子は、小さな顔を精一杯ゆがませてしまって、今にも泣きそうだ。
「あらあら、どうしたのかしら」
「…もしかして、僕がいるからですか?」
おずおずと、少年が尋ねたが、女性は首を振り、腕の赤子をあやすように揺すると、少年の前で膝を落とした。
「ほおら、お兄ちゃんにご挨拶なさい」
少年の眼前に、赤子の姿があった。
女性の招きで、おっかなびっくり手を差し出すと、赤子がペルの指先をきゅっ、と握り、安心したように笑いだした。
少年は安堵して、女性を見上げた。…そして、女性もまた、微笑みを返した。
はたして、その女性こそが、王妃であり、腕に抱かれた赤子こそ、王女ネフェルタリ・ビビその人。
王女は、王妃に似て気丈な娘に育った。たいそうなおてんばで、しばしばペルを始めとする王宮の者達をてこずらせた。
いつまでも、平和が続くと、誰もが思っていた。
(了)
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