Versatile wizard

 

 

 

 

 

 昔々…、と始めるほど昔ではなく、かといって、今、でもなければ、この世界のどこか、としか言えない国に、一人の魔法使いがおりました。

 彼は万能の魔法使いでした。何でもできたし、依頼があれば何でもやりました。

 けれども、たくさんのことをやりこなしていくうちに、誰もが、魔法使いへの感謝を忘れてしまい、漫然と、はきすてるように依頼をし、解決しても、ろくな言葉もなく、忘れてしまいます。

 悲しくなった魔法使いは、山奥の庵に篭り、一人で暮らすようになっていました。

 そんなある日の事、山深い庵に、一人の少女が訪ねてきました。

 こんこん、と扉を叩き、開いた扉の向こうには、少女を見て驚く、一人の背の高い青年がおりました。漆黒の長い髪を無造作に結い、ちょうど、薬の調合をしていた手を休めていたのか、手には乳鉢が握られています。

「何の用だ」

 無愛想に、それでも魔法使いは少女に向かって言いました。

「あなたが、万能の魔法使いさんですか?」

 万能の…、というのは、魔法使いの最も嫌いな呼称のひとつです。ですが、多くの者達は彼をそう呼んでいました。

「知らんな、そんな奴は。…俺はここへ何しに来たかと聞いている、用がないなら帰れ」

 扉を閉めようと手をかけた魔法使いの手を、少女が止めました。

「待って下さい、薬を、…薬を作って欲しいんです。私のお父さんが病気なんです。…お医者様が、もう、直らないと…」

 少女の瞳は大きく見開けて潤んでいます。そうした顔はとてもかわいらしく、魔法使いはいつまでもその様子を見たいと思いましたが、その思いを振り切って扉を閉めようとします。

「だったら、こんなところに来ないで、とっとと葬式の準備でも何でもしたらいい」

「そんな…ひどい…」

 いっそう少女は泣きそうになりました。

 魔法使いはあわてました。少女に泣かれて、冷淡に振舞えるほど、魔法使いは修行ができていませんでした。

「……、父親を治したら、お前は何をくれる?」

 憮然として、魔法使いは答えました。

 少女は、瞳いっぱいに涙を溜めたまま、うれしそうに答えました。

「私にできる事ならなんでもします!」

 あまり少女が喜んでいる様子だったので、魔法使いは少し意地悪な気持ちになりました。

「…じゃあ、お前はこの家に残れ、俺の奴隷になるんだ」

「え…」

 少女は戸惑います。

「一生、この山の奥で、友達にも会えず、俺だけを見て暮らすんだ、板の間で寝起きをして、蒔き割り、水汲み、食事の支度、掃除、洗濯、俺の身の回りの世話をしろ。それが俺への報酬だ」

 先ほどまで、目を輝かせていた少女はまたたくまに意気消沈してしまいました。

「おや、なんでもするんじゃなかったのか?」

 意地悪そうに魔法使いが言います。そうだ、そのまま帰ればいい、そう思いながら、魔法使いが再度扉を閉じようとすると、俯いたまま、少女が…扉を止め、こっくり、と頷きました。

 …そして、魔法使いの薬は効き、少女の父親の病気は直りました。

「お父さん、病気が治ったんだね」

 少女と話をしているのは、少女の婚約者の青年でした。

「ええ、そうなの」

 そう言う、少女の表情は暗く、沈んでいます。

 少女の願いはかなったので、約束とおり、魔法使いのもとへ行かなくてはならなかったのです。

 そこへ、ほうきに乗った黒衣の魔法使いが現れました。

「さあ、約束だ」

 手招きする魔法使いの方へ、少女が歩いていきます。

「約束?!約束って何なんだ!」

 少女が歩みを止め、男の方を見ます。少女の肩を抱いた魔法使いは、震えている少女を感じました。かたかたと、それでも、必死で泣くのを堪えているようでした。

 魔法使いはしばし考えると、少女の肩を男の方へ押しやりました。

「…、もう、いい、約束はナシだ。泣き暮らす女がいてもうっとおしいだけだ、お前は帰れ」

「あの…じゃあ!」

 少女が、魔法使いの方を見ると、見る間に魔法使いのほうきが天高く舞い上がり、見る間に空へ消えていきました。

「あーあ…」

 結局、魔法使いはまた一人で山の庵に戻ります。万能で、何度もできる彼も、自分の気持ちと、相手の気持ちは、思うとおりにならないな、と、溜息をつくのでした。

 それでも、無理に彼女を連れてこなくてよかったな、と、水晶に映る幸せそうな夫婦を見つめながらひっそりと思います。

 しばらくして、魔法使いの下に、少女の手縫いのローブ、とりどりの野菜、果物が届きました。「お礼です」の、カードに、少しだけ心があたたかくなるのを感じながら、少しずつ、少しずつ、魔法使いのもとに人が来るようになりました。

 以前のように、魔法使いを利用するだけ利用しようとする輩もおりましたが、多くの人々は、魔法使いに感謝の念を忘れないようになりました。万能な魔法使いは、そうして頼られることが実は嫌いではないのだ、という事に、今更気づいたのでした。

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